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本文書は、Peter Suberによる "Open Access Overview : Focusing on open access to peer-reviewed research articles and their preprints" (2012年12月改訂版)の日本語訳である。

オープンアクセス概観:査読済み研究論文及びそのプレプリントへのオープンアクセスを中心として

 これは、オープンアクセスの概念について初心者の人に向けた入門書である。読むのにちょうどよい程度に簡潔で、有用である程度には長く、詳しく知りたいところだけ飛ばして読めるように構成されているとよいのだが。あらゆるニュアンスまではカバーしていないし、あらゆる異論に答えてはいない。ただ、これを読めば、草分け時代に進展を遅らせた諸々の誤解をしない程度には十分な範囲はカバーしているはずだ。
 もしこの概観でもまだ長いと感じるなら、私の書いた非常に簡潔なオープンアクセス入門を見てほしい。12の言語で読むことができ、フォントサイズにもよるが印刷してたった1ページで収まる量だ。もしこれがあまりに短いなら、オープンアクセスに関する私の著作、例えば本1冊分にのぼるオープンアクセス入門書"Open Access"(MIT Press, 2012)を見て欲しい。
 オープンアクセスに関する一般的概念が得られたら、OA Tracking ProjectSPARC Open Access Newsletterを通して新しい進展について追っていってほしい。(私のブログ"Open Access News"は2002年5月に開設し、新しい進展について詳細にリポートしていた、2010年4月に更新をやめたが、アーカイブはオンラインで残している。)
 コメント、意見を歓迎する
 Peter Suber


  • オープンアクセス(OA)論文は、デジタルであり、オンラインなものであり、無料であり、ほんとんどの著作権やライセンス上の制約事項等から解き放たれている。
  • オープンアクセスは、価格の障壁(購読料、ライセンス料、ペイパービュー料)そして許諾の障壁(ほとんどの著作権やライセンス上の制約事項等)を取り除いている。PLoSの「無料で入手できることや制約を受けない使用」という簡略な定義は、簡潔に両方の要素を表現している。
  • 除去すべき許諾の障壁については、幾分の振れ幅が存在する。 例えば、あるオープンアクセス提供者は商業的な再利用を許可しているが、別の人はそうではない。一部には派生物が許可するが、別の人はそうではない。しかし、オープンアクセスの主要で一般的な定義では、価格の障壁を取り除くだけ、もしくは「フェア・ユース」(英国における「フェア・ディーリング」)については、十分ではないという点で一致している。
  • ブダペスト・オープンアクセス・イニシアティブでは、次の様にうたわれている。「ある論文に関するアクセスの幅広さや安易さには、いくつもの程度や種類が存在する。ある論文がオープンアクセスであると表現するときは、インターネットそれ自体へのアクセスを取得することと不可分なものを除いて、経済的、法的、技術的な障壁なしに、論文のフルテキストへの公的なインターネットにおいて無料で入手できること、一部利用者への購読許可、ダウンロード、コピー、検索、リンク、インデキシング目的のクロール、ソフトウェアへのデータの書き出し、その他あらゆる合法的目的のための使用などについて、自由な利便性があることを意味する。この領域における著作権の役割は、著者に著作の完全性を掌握させ、適切に謝辞を書いてもらったり引用されたりする権利を与えることに限られるべきである。」
  • ベセスダ宣言とベルリン宣言では、次の様にうたわれている。「オープンアクセスにする論文については、利用者に許諾することに、事前に、同意しなければならない、つまり、論文をコピーしたり、使用したり、頒布したり、送信したり、公的に展示したりすることであり、原作者への適正な帰属に従った、どのようなデジタルメディアであれ、どのような目的であれ、派生物の作成や分配をしたりすることである。」
  • ブダペスト宣言(2002年2月)、ベセスダ宣言(2003年6月)、ベルリン宣言(2003年10月)のオープンアクセスの定義は、オープンアクセス運動にとって、最も中心的で影響力の強いものである。私は時々、それらをまとめて、また、それらの共通の基盤を、BBB定義と呼んでいる。
  • 私達がオープンアクセスのいくつかに対して、一義的に参照する場合、無料の、オープンソースのソフトウェアに関する類似の運動から、専門用語を拝借することができる。Gratis OAは価格の障壁のみを除去しているし、libre OAは価格の障壁と同時にいくつかの許諾の障壁を除去している。前者は無料ではあるが、著作権つまりライセンスに関する制約事項からは解き放たれてはいない。利用者は解き放たれていない部分に関しては、フェア・ユースに従った使用をしなければならないし、許可が必要となる。後者は無料であり、フェア・ユースを超える使用を明示的に許諾している。前者は無料という意味でのフリーであり、後者は無料という意味に加えて自由という意味でのフリーである。
  • アクセス障壁を除去することに加えて、オープンアクセスはただちに行われるべきであり、遅延させるべきではなく、要旨、もしくは、要約ではなく、フルテキストに、アクセス出来る様にするべきである。
  • オープンアクセスは、著作権、査読、収入(利益)、活字メディア、資料の保存、評判、質、キャリア向上、インデクシング、及びその他の機能、従来型の学術文献に対する支援サービスと共存することができる。
    • 主な違いは読者に購読料がかからないため、アクセスへの障壁がないこと。
  • オープンアクセスの法的根拠は、著作権者の同意(新しい文献)、または著作権の失効(古い文献)である。
    • オープンアクセスは、著作権者の同意がある、または著作権が失効しているため、著作権法の改正、廃止を必要とせず、法の侵害に該当しない。
    • 著作権者がオープンアクセスへの同意を示す簡単で、効果的な方法として、クリエイティブコモンズライセンス のいずれかを使用することが一般化してきている。また、他の多くのオープンコンテンツライセンスも使うことができる。著作権者は独自のライセンスや許諾書を作成し、自らの論文に添付することもできる。(法律相談なしではやらない方がいい)
    • 著作権者がオープンアクセスに同意した場合、何に対しての同意なのか?これらは通常、無制限の閲覧、ダウンロード、コピー、共有、保存、印刷、検索、リンク、および記事全文へのクローリングに対して、事前に同意したこととなる。たいていの著者は、改竄や誤帰属のあるコピーの配布を禁止する権利の保持を選択する。一部の著者は、論文の商業的な再利用禁止の選択をする。原則として、これらの条件は、盗作、不実表示、時には商業的な再利用をすることを禁じ、ネット上での学術研究を手助けする技術を含む、正当な学術的知識の下に求められる、すべての使用を許可する。
    • パブリックドメインではない論文については、オープンアクセスは著作権者の同意に依存する。二つの関連した結論は次のとおり。(1)オープンアクセスは、科学版Napsterではない。合法的な共有であり、法律を無視した共有でない。(2)著作権のある論文のオープンアクセスは自発的意志に基づくものである。時には、それが雇用あるいは研究費助成の契約のような自発的な契約の条件であることがあるにしても。自警団的オープンアクセス、侵害的、収用的、あるいは強奪的オープンアクセスは存在しない。
    • もちろん、オープンアクセスは著作権を侵害するような悪い形で実現することもできる。しかし、それは通常の出版も同じだ。少しの注意で、通常の出版と同じように著作権を侵害しないようにすることもできる。
  • オープンアクセスのキャンペーンは、著者が金銭的な見返りを期待することなく世界に提供した文献に焦点を当てている。
    • これらをロイヤリティフリー文献と呼ぶことにする。(これを表す標準的な用語がないことは興味深い)
    • ロイヤリティフリー文献には注目すべき理由が二つある。一つ目は、プロバイダまたは発行者のコストを削減できること。二つ目は、著者が収入を失うことなく、オープンアクセスに同意することが可能であることだ。
    • ロイヤリティフリー文献の最も重要な目的には、査読済の学術研究論文の本文とそのプレプリントがある。(学者以外の人達は、一般的に学術雑誌への掲載料が、著者に支払われないことを知って驚くことがある。)
    • 当然、お金のためのロイヤリティフリー文献を執筆する人はいない。学者たちは、それぞれの分野における知識を深め、自分たちのキャリアを積むために雑誌記事 を執筆する。彼らはお金のためではなく、インパクトのために執筆するのだ。キャリア形成における強い私欲が伴っていることに気付いたとしても、それが知識を前進させようという無私の欲求の価値に影響を及ぼすものではない。オープンアクセスは、利他的なボランティア活動に依存するわけではない。
    • 学者は雑誌記事からお金を稼ぐわけではないので、多くのミュージシャンやムービーメーカーとは立場が大きく異なる。そのため、音楽や映画などの、ロイヤリティが発生するコンテンツに対してのオープンアクセス論争は、研究論文には適用されない。
    • ロイヤリティフリー文献は、オープンアクセスの低い位置にぶら下がっている果実だが、オープンアクセスは、ロイヤリティフリー文献に限定 する必要はない。著者の同意があれば、ロイヤリティが発生する文献(モノグラフ、教科書、小説のような文献)も、すぐにオープンアクセス化できる。しかし、これらの著者は収益の 損失を恐れるので、彼らの同意を得ることは難しい。彼らは説得するには(1)オープンアクセスの利益が、そのロイヤリティを超える、または(2)オープンアクセスが、売上増加の引き金となること、が必要だ。けれども、ほとんどのモノグラフが、その両方の条件を満たしているという証拠が次々と上がってきている。
    • また、オープンアクセスを文献に限定する必要はない。オープンアクセスは、生、半生データから画像、オーディオ、ビデオ、マルチメディア、およびソフトウェアへと、いかなるデジタルコンテンツにも適用することができる。また、最初からデジタルの作品あるいは、パブリック•ドメイン文献や文化遺産物のような、後からデジタル化されたより古い作品にも適用できる。
    • サブタイトルで「査読済み研究論文及びそのプレプリント」と言っているのは、それが オープンアクセスの境界を設定するからではなく、ほとんどのオープンアクセス活動の焦点、この概要の焦点だからだ。
  • 多くのオープンアクセスイニシアティブが公的助成研究に焦点を当てている。
  • 公的助成研究へのオープンアセス運動は通常、以下を例外と認めている。(1)機密扱いの軍事研究、(2)特許取得につながる研究、(3)図書のように、著者がなにがしかの印税を生じるような形態で出版する研究。これらの例外を認めることは少なくとも実用的であり、公的助成研究のうちの、最も大きく容易な部分集合へのオープンアクセスを働きかけるなかで、不要な係争を回避するために役立っている。
  • オープンアクセス論文は無料で製作したり出版したりできるわけではない。
    • 真摯なオープンアクセス論者で、オープンアクセス論文が費用なしに製作できると言った者はかつて誰もいない。多くの議論において、伝統的出版による論文よりも、また、オンラインオンリーの有料論文と比べてさえも安価であるとされてはいるが。問題は、学術論文の出版コストをなくせるかどうかということではなくて、読者に課金してアクセス障壁を築いてしまう以外の、経費負担のよりよい方法がないだろうか、ということなのである。
    • BOAIのFAQではこのように表現されている。「無料(Free)という言葉はあいまいである。ここで言っているのは、読者にとっての無料であり、製作側にとっての無料ではない。われわれは、オープンアクセス論文も無料(コストがかからない)ではないということを承知している。しかし、そのことは、読者や利用者に課金しない(価格をゼロにする)という可能性を閉ざすものではない」
    • オープンアクセス論文の製作コスト、伝統的出版論文と比較した費用抑制の度合い、コストの埋め合わせのためのビジネスモデル、これらは、その論文が、オープンアクセス誌とオープンアクセスリポジトリのいずれによって提供されるかに依拠する(次々項に詳述)。
    • オープンアクセス論文は同じ程度の品質の非オープンアクセス論文よりもコストが低いと主張する人々の論理はどのようなものか? 手短には右の通り:オープンアクセスは印刷なしで済む(もっとも、今日多くの非オープンアクセス誌もそうである)。オープンアクセスは購読管理(セールス、市場動向把握、契約更新、売価交渉、サイトライセンシング、集金)を不要にする。オープンアクセスはDRM:デジタル著作権管理(利用者の認証、認証済み利用者と未認証利用者の判別、未認証利用者へのアクセス制限)を不要にする。オープンアクセスは弁護士費用(制限ライセンスの起草及び執行)を低減するかまたは不要にする。多くのオープンアクセス誌はマーケティングをせず、他者、すなわち、サーチエンジン、ブログ作者、投稿掲示板、ソーシャル・タギング、ソーシャル・ネットワークなどを自動的連携によって利用する。こうした費用節減ができる一方、オープンアクセスが要するのは著者側に課される料金や機関助成金の徴収に係る費用程度のものである。
    • フルテキストがオープンアクセスである限り、付加機能や強化機能が有料であってもそれはOAに反するものではない。もしも強化機能の提供に経費がかかるのであれば、提供者はこれに課金せざるをえないだろう。そしてそれらが価値あるものであれば、人々は喜んでその対価を支払うだろう。オープンアクセス誌の一部には、有料の付加機能の収益によってオープンアクセスに要する費用の一部を賄っているケースもある。
  • オープンアクセスはピアレビューと両立可能であり、科学的、学術的文献に対するおよそ主だったオープンアクセスイニシアティブはその重要性を主張している。
  • ピアレビューはその雑誌の価格や媒体に依存しない。ピアレビューの価値,厳格さ,完全さもまたおなじく依存しない。
  • オープンアクセス誌におけるピアレビューが従来の雑誌のピアレビューと同様に厳格で正直になりうる、と我々がわかっているひとつの理由は、オープンアクセス誌が従来の雑誌と同じ手順、同じ基準、さらには同じ人々(編集者や査読者)を用いうるということである。
  • 従来の出版者は時折、オープンアクセス誌によくある資金モデル(受理された論文の著者またはその所属機関に対する課金)がピアレビューの質を落としているといって異を唱える。この異論については私は別の場で詳細に回答している(1,2)。
  • オープンアクセス誌はピアレビューの伝統的な形式を用いうるし、新しい媒体や、学者たちを互いにつなぐ双方向のネットワークを利活用するような、新しい形式をも用いうる。しかしながら、アクセス障壁の除去とピアレビューの改革とは別個のプロジェクトである。オープンアクセスはあらゆる種類のピアレビューと両立可能であり、ある特定のモデルを前提とはしない。
  • しかしその逆は真ではない。たとえば投稿原稿が(中での査読前または後に)オープンアクセスとなり、研究コミュニティの中でレビューされる「オープンレビュー」モデルのように、いくつかのピアレビューの現存モデルはオープンアクセスを前提とする。オープンレビューはオープンアクセスを要求するが、オープンアクセスはオープンレビューを要求しない。
  • 大部分の領域と分野において、ピアレビューを行う編集者と査読者は著者と全く同様、労働力を無料提供している。彼らが対価を受ける場合でも、生み出される論文へのオープンアクセスはなお可能である; それは単に、そうでない場合よりも大きな助成金を要求するだけである。
  • 編集判断を行使する人々が日常的に彼らの労働力を無料提供している事実にも関わらず、ピアレビューの実行には依然コストはかかる --レフェリーへのファイル配布、誰がどの論文を持っているかの確認、進捗追跡、のんびり屋さんへのしつこい督促、コメント収集とコメントの適当な人々との共有、コミュニケーションの促進、版異同の判別、データ収集、などなど。増えつつあるこれらの編集以外の仕事は、ソフトウェアによって自動化されており、ソフトウェアの中には無料でオープンソースのものもある。
  • 研究論文をオープンアクセスで伝達するには2つの主要な手段がある、それはオープンアクセス誌(ゴールドオープンアクセス)とオープンアクセスリポジトリである(グリーンオープンアクセス)。
    • これらの手段の最も重要な違いは、オープンアクセス誌では査読が行われ、オープンアクセスリポジトリでは行われないことである。この違いは他の多くの違いも表している、特にこれらを立ち上げ運用するコストにおいて。
    • ここでとりあげるつもりはないが、個人のウェブサイトや電子書籍、ディスカッションフォーラム、メーリングリスト、ブログ、ウィキ、ビデオ、オーディオファイル、RSSフィード、P2Pファイル共有ネットワークなど、他にもオープンアクセスの手段がある。将来的には間違いなくより多くの手段が存在するだろう。
    • ほとんどの活動家は雑誌を通じたオープンアクセスをゴールドオープンアクセスと呼び(雑誌のビジネスモデルにかかわらず)、リポジトリを通じたオープンアクセスをグリーンオープンアクセスと呼ぶ。
    • グリーンとゴールドの相違はオープンアクセスが行われる場所や伝達の手段であり、ユーザーの権利やオープンの度合いではない。この相違は無料(gratis)と自由(libre)の違いとは対応するものではない。
  • オープンアクセス誌(ゴールドオープンアクセス):
    • オープンアクセス誌では査読が行われる。
    • オープンアクセス誌では非オープンアクセス誌よりも、著者が著作権を保持することが比較的容易である。
    • オープンアクセス誌はオープンアクセスリポジトリよりも自由なオープンアクセスを提供することが比較的容易である。オープンアクセスリポジトリはたいてい自由なオープンアクセスとするための許諾を得ることはできない。しかし、オープンアクセス誌では可能である。
    • オープンアクセス出版社の中には非営利のものあれば(例えばPublic Library of Science:PLoS)、営利のものもある(例えばBioMed Central:BMC)。
    • オープンアクセス誌はテレビ局やラジオ局が経費を賄う方法とまさに同じやり方で経費を賄う。それはつまり、適切な機器をもつ誰もが無料でアクセスできるようにするため、コンテンツを普及させたいと思う人が事前に制作料を払うということだ。時にはこれは雑誌には大学や学会からの補助金があるということを意味し、時には、著者や著者のスポンサー(雇用者や助成機関)が払う出版料金をアクセプトされた論文に課すことを意味する。出版料金を課すオープンアクセス誌は経済的に困難な状況に直面した場合はたいてい請求を差し控える。機関からの補助金を持つオープンアクセス誌では出版料金を課さない傾向にある。他の出版物や広告、有料のアドオン、補助サービスでの収入があれば、オープンアクセス誌はより少ない補助金や料金でやりくりすることができる。出版料金を割引するよう調整している機関やコンソーシアムもある。年間の会員になった機関に所属する研究者全員に出版料金を求めないオープンアクセス出版社(BMCやPLoSなど)もある。
    • オープンアクセス誌についてよくある誤解は、すべてのオープンアクセス誌が「著者投稿料」のビジネスモデルを採っているということだ。ここには2つの誤りがある。最初の誤りは、オープンアクセス誌には多くのビジネスモデルが存在するのに、ひとつのビジネスモデルしかないと思われていることだ。ふたつめの誤りは、前金を課すことが「著者投稿料」モデルであると思われていることだ。事実、ほとんどのオープンアクセス誌(70%)は著者側に一切料金を課していない。さらに、ほとんどの従来型の非オープンアクセス誌(75%)は著者側に確かに料金を課している。オープンアクセス誌が料金を課す際は、その料金は著者のスポンサー(雇用者や助成者)が払うか、料金請求を撤回するかで、著者が自費で払ってはいない。
    • 出版料金によって成り立つオープンアクセス誌で出版することを選ぶ教員の代わりに、出版料金を払うための財源を維持している大学が増えている。
    • オープンアクセス擁護者には雑誌を分類するためにカラーコードを使用するものがいる。ゴールド(査読済みの研究論文をタイムラグなくオープンアクセス提供する)、グリーン(著者に査読済みの原稿をオープンアクセスリポジトリに投稿する許諾を得る)、ペールグリーン(著者自身でプレプリントをアーカイビングすることを許諾する、つまり反対しない)、グレー(上記以外)。
    • オープンアクセス誌のビジネス側の詳細については、Guides for OA journal publishersにあるOADリストを参照のこと。
    • 我々はオープンアクセス誌が経済的に維持可能であると自信を持っている。なぜなら、査読や原稿の準備、オープンアクセスの普及についての本当のコストは、購読ベースの雑誌に現在払っている料金よりもかなり低いからだ。すでに雑誌支援システムに使われている十分すぎるお金がある。さらに、オープンアクセスが広まるにつれ、図書館は非オープンアクセス誌からの転換や購読中止、非オープンアクセス誌の消滅により、大きく倹約することができるだろう。
    • すべての分野、言語のオープンアクセス誌の一覧を見るには、Directory of Open Access Journalsを参照のこと。
    • オープンアクセス誌のニュースを追うには、OA Tracking Projectでoa.jounalsやoa.goldのタグを参照のこと。
  • オープンアクセスリポジトリ (グリーンオープンアクセス):
  • オープンアクセスリポジトリは学問領域(例えば物理学のarXiv)や機関(例えばハーバード大学のDASH)によって構築可能である。大学がオープンアクセスリポジトリをホスティングするとき、彼らは通常はオープンアクセス化に加えて、長期的な保存を確保するための措置を行っている。
  • オープンアクセスリポジトリは、それ自体の査読はしない。しかし、彼らは一般的に他のところで査読された論文をホスティングしている。
  • オープンアクセスリポジトリにはプレプリント、ポストプリント、またはその両方を含めることができる。
  • プレプリントとは査読や出版されるまえのあらゆるバージョンの論文を指すが、一般的には学術雑誌に投稿されたバージョンのことを指す。
  • ポストプリントは査読によって認められたあらゆるバージョンの論文をいう。時にはポストプリントを次の2種類に区別することが重要である:(a)査読されているが、編集者による原稿チェックがされていないもの(b)査読されており、かつ編集者による原稿チェックもされているもの。一部の学術雑誌は、(a)に対しては著者にオープンアクセスリポジトリに登録を許可しているが,(b)に対しては許可していないところもある。
  • オープンアクセスリポジトリには学術雑誌記事のプレプリントやポストプリント、学位論文、教材、部門データベース、データファイル、オーディオファイルやビデオファイル、機関の記録、または図書館のデジタル化された特別コレクションを含めることができる。リポジトリの運営コストの見積もりは、そのリポジトリがどの位異なる機能を実装しているかに非常に左右される。もし機関リポジトリの平均コストが現在高い場合,それは平均的な機関リポジトリは、現在単に登録された論文記事をオープンアクセスで公開する以上のものを提供しているからである。
  • オープンアクセスリポジトリはすべてのコンテンツにデフォルトでオープンアクセスとして提供している。また現在、その殆どが後日にオープンアクセスされるように“非公開状態での登録(dark deposits)”を許可している。これが唯一エンバーゴ後にグリーンオープンアクセスを許可する出版社と協力するのに有用である。著者は、出版直後に新しい論文記事を登録し、エンバーゴ期間が過ぎた時に、それらをオープンアクセスに切り替えられるだろう。
  • 著者は、プレプリントをアーカイブすることについては、許諾を得る必要はない。プレプリントを書き終えた段階では、著作権は彼らにあるからである。もしも、ある学術雑誌が、プレプリントとしてすでに流通している論文を拒否しても、それはひとつの随意の投稿受理方針にすぎず、著作権法に基づくものではない(いくつかの学術雑誌は、このインゲルフィンガー・ルール(IngelfingerRule)と呼ばれる方針を持っている。しかしこのような考え方は、医学分野を除いては、弱まってきている)。
  • 著者が出版社に著作権を譲渡した場合、オープンアクセスアーカイビングには出版社の許諾が必要となる。調査済み出版社の多く(60%以上)は、すでに、出版済論文のアーカイビングについての包括的許可を与えている。他の多くも、申し出に応じて許諾する。そして、ほとんど全ての出版社は、著者の研究資金助成機関や所属研究機関のグリーンオープンアクセス義務化方針に順応を示すだろう。しかし、グリーンオープンアクセスの根拠となる権利を著者自身が保持している場合は、出版社と協議することなく、彼ら自身が自身のグリーンオープンアクセスの行動を認可すればよい。
  • 著者が出版社に著作権を譲渡したときは、オープンアクセスについての判断をも出版社に委ねたことになる。たとえほとんどの出版社がグリーンオープンアクセスを許容しているとしても、そうでない出版社も多くある。加えるに、多くの出版社は許容の付帯条件を設けているし、あとになって、料金や公開制限期間などの新たな制約を加える場合もある。これらの理由により、学術文献の著者の間にはグリーンオープンアクセスに関する権利を留保し、部分的権利だけを出版社に譲渡するようにしようという流れがある。著者による付則によって出版社の標準的著作権譲渡契約書を上書きするなどの方法がとられる。いくつかの研究資金助成団体(ウェルカム財団やNIHなど)では、著者が雑誌論文出版の際に、要の権利を留保しておくことを要求している。いくつかの大学(ハーバードやMITなど)では、教員は、大学に、彼らの執筆文献をオープンアクセス化するための非排他的権利を与えている。
  • 権利帰属のポリシーによって、今後の論文に関するグリーンオープンアクセス許諾の問題については解決しているので、グリーンオープンアクセスのポリシーは、それに反対する出版社に対して抜け道を作ること、たとえば「著作権の対象である」とか「出版社がそれを許さない場合を除く」といった但し書き付のオープンアクセスである必要はない。ハーバードが行なったように、著者が事後的に離脱する選択を用意することには十分な理由があるが、出版者が事後的に離脱する選択を用意する必要はない。著者が著作権を保持している限り、著者がオープンアクセスを承認するときに後から出版社から許諾を得る必要はないし、侵害行為を心配する必要もない。資金提供者や大学は出版社より上位にあり、グリーンオープンアクセスとそれを合法化するための許諾を確実にするポリシーを採用することができる。
  • ほとんどの出版社はすでにグリーンオープンアクセスを許可していること、またグリーンオープンアクセスこそが真正なオープンアクセスの形であることから、チャンスを提供しない出版社よりむしろ、チャンスを生かすことをしない著者のほうが、実質的にはオープンアクセスに対するより大きな障害になっている。資金提供者や大学は、ギャップを埋め、資金受領者や所属研究者たちによって発表される論文の100%グリーンオープンアクセス化を確実にすることができる立場にある。著者たちは、このギャップを自分たちだけでは埋めることはできない。ゆえに、もし急速な雑誌価格の高騰によって、必要とする読者に届かない新研究の割合の急増がさらに拡大してしまったとしたら、それはギャップを埋めることができない資金提供者や大学の責任ということになるだろう。全ての出版社はこのプロセスが進展するのを援助することができるだろうし、実際にそうしている出版社も存在する。しかし、自分でできるならば出版社に頼る必要はない。
  • 著作権やアーカイビングに関する出版社のポリシーを検索できるデータベースについては、SHERPAプロジェクトを参照すること。
  • ほとんどの出版社と雑誌はすでにグリーンオープンアクセスに対する包括的許諾を与えている。ゆえにチャンスを生かすかどうかは著者にかかっている。つまり著者たちは、オープンアクセスもしくは非オープンアクセスで、彼らの論文をアクセプトしてくれるほぼあらゆる雑誌で論文を出版する可能性があるし、オープンアクセスリポジトリを通じて、査読済のテキストをオープンアクセスにする可能性がある、ということである。(ただ残念なことに、大多数の非オープンアクセス雑誌におけるグリーンオープンアクセスと出版事業の両立性については、未だに学術出版における最大の秘密の一つであり続けている。)
  • ほとんどの有益なオープンアクセスリポジトリは、メタデータハーベスティングのためのOAIプロトコルに準拠しており、相互に利用可能な状態になっている。実際のところ、このことは利用者がどんなアーカイブが存在しているか、どこにあるか、またはどんなコンテンツを持っているか等といったことについて知らなくても、OAIに準拠したアーカイブから論文を見つけ出すことができる、ということを意味している。(紛らわしいかもしれないが、オープンアクセスとOAIは別々でありながら重なり合うイニシアチブであり、混同されるべきではない。)
  • 世界のすべての大学は、独自のOAIに準拠したオープンアクセス・リポジトリを持つことができるし、持つべきである。また同時に、所属構成員に対して自分の研究成果をリポジトリに登録するように推奨するもしくは義務付けるポリシーを持つことができるし、持つべきである。その通りに実行している大学は増えつつある
  • 私たちは、オープンアクセスリポジトリが非常に安価であるゆえに経済的に持続可能である、と断言する。構築にも維持にもお金のかからない、オープンソースソフトウェアから成るシステムが数多く存在する。新しい論文を登録するには、ほんの数分あればよく、しかもアーカイブの管理者ではなく、著者個人によって行われる。いずれにせよ、オープンアクセスリポジトリは、論文、それを書いた著者、所属する機関の可視性と影響力を高めることによって、その機関を利するものである。
  • オープンアクセスのプロジェクトは建設的なものである、破壊的なものではない。
    • オープンアクセスを求める運動の目的は、より多くの文献をオープンアクセスにするという建設的なものであり、オープンアクセスでない雑誌や出版者を倒産に追い込むという破壊的なものではない。[両者の]結果は重なり合うかもしれないし重なり合わないかもしれないが(不確かである)、[少なくとも]目的は重なり合っていない。
    • 雑誌の価格は1980年代中頃以来、物価上昇率の4倍の速さで上昇してきたが、オープンアクセスの目的は、高価な雑誌を罰したり弱体化させることではなく、アクセス可能な代替物を供給すること、そして、流通を拡大させ、コストを減少させるために新しい技術―インターネット―の利点を最大限に活用することである。さらに、研究者自身にとって、最大の動機は、雑誌の価格危機を解決することではなく、読者にとってはより広範かつ容易いアクセスを、著者にとってはより多くの読者とより高いインパクトをもたらすことである。
    • 出版者は一枚岩ではない。すでにフルオープンアクセスを提供している出版者もいれば、ハイブリッドモデルを提供している出版者、実験中の出版者、実験を検討中の出版者もいる。オープンアクセスを提供していない出版者の中でも、オープンアクセスに反対の出版者もいれば、単に説得がまだなされていない出版者もいる。説得がまだなされていない出版者の中でも、他よりも多くの無料オンラインコンテンツを提供している出版者もいる。オープンアクセスに反対の出版者の中でも、オープンアクセスを提供しないことを自分自身だけで決めた出版者もいれば、オープンアクセスを奨励または要求する政策に反対するロビー活動を活発に行う出版者もいる。ゴールドオープンアクセスには反対だがグリーンオープンアクセスには反対ではない、という出版者もいれば、逆に、グリーンオープンアクセスには反対だがゴールドオープンアクセスには反対ではない、という出版者もいる。これらの差異を曖昧にすると、オープンアクセスは何も獲得できず、同志となる可能性のある人々を失うことになる。
    • オープンアクセスの推進は、どんな種類の文献、どんな種類の雑誌、どんな種類の出版者のボイコットも求めてはいない。オープンアクセスの推進に出版者の後退を引き起こす必要はないし、出版者の後退にオープンアクセスの進展は必要ない。オープンアクセスでない雑誌や出版者を批判することに焦点を合わせるのは、目標を間違えている
    • オープンアクセスの文献も購読モデルの文献も共存が可能だ。現時点でまさしく両者は共存しているからだ。この共存が一時的なものなのか永続的なものなのかはわからない、しかし、それを調べるもっとも効果的かつ建設的方法は、オープンアクセスのために働き、オープンアクセスを提供していない出版者に何が起こるかを知ることだ、オープンアクセスを構築することから離脱して、オープンアクセスを支援しない人々を害することではない。
  • オープンアクセスは、ユニバーサルアクセスの同義語ではない。
    • オープンアクセスが達成された後であっても、少なくとも4種のアクセスへの障壁がそのまま残っているかもしれない:
  1. フィルタリングと検閲の障壁。多くの学校、雇用主、および政府は、閲覧できるものを制限したがる。
  2. 言語の壁。ほとんどのオンライン文献は英語、または単一の言語で書かれており、機械翻訳は非常に貧弱である。
  3. ハンディキャップを持つ人のアクセス障壁。たいていのWebサイトは、いまだに、体の不自由なユーザがアクセスできるような水準には達していない。
  4. 接続性の障壁。デジタルデバイドは、何百万人の研究者を含め、数十億人の人々をオフラインのままにしている。
  • 我々が、これらの4つの付加的な障壁を取り除きたいとし(そしてたいていの場合、取り除く)場合でも、それが成功するまでは、「オープンアクセス」という用語の使用を控える理由はどこにもない。価格と許諾の障壁を取り除くことは、特別な名称で認識する価値がある、重要な高みである。
  • オープンアクセスは、一種のアクセス方法であり、ビジネスモデル、ライセンス、またはコンテンツの一種ではない。
    • オープンアクセスは、ビジネスモデルの一種ではない。
      • オープンアクセスと互換性があるようなビジネスモデルはいろいろある。つまり、読者が無償でコンテンツまで到着できるような支払いモデルである。ある分野や国ではうまくいくモデルが、ほかでは同じようにうまくはいかないかもしれない。一つのモデルがどんな場合にも適用できると主張できる人はいない。
      • オープンアクセスの資金調達に影響を及ぼすような違いが、分野間には多く存在する。我々は、すべての国において同じ速度でオープンアクセスが進歩するとは期待すべきではないし、同様にすべての分野でも同じ速度でオープンアクセスが進むとは期待するべきではない。大部分の進歩や議論は、STM(科学・技術・医学)の分野で起こっているが、オープンアクセスは人文科学の分野でも同様に実現可能で有用である。
      • 新しいオープンアクセスビジネスモデルは進化しており、古いものは常に評価され改良されている。査読付オープンアクセスジャーナルや汎用的オープンアクセスリポジトリのコストを払う方法について創造性の余地は多く、我々の賢さと想像力を使い果たしたとはとてもいえない。
    • オープンアクセスは、ライセンスの種類ではない。オープンアクセスと互換性のあるライセンスは多い。すなわち、利用者に許諾の壁を取り除き、そのコンテンツで何をしてよく、何をしてはいけないかを知らせる多くの方法がある。許諾の壁ライセンスに関する上のセクションを参照のこと。
    • オープンアクセスはコンテンツの種類ではない。テキストやデータからソフトウェア、音声、映像、およびマルチメディアまで、すべての種類のデジタルコンテンツはオープンアクセスにできる。オープンアクセスの動きは査読付研究論文とそのプレプリントに焦点が当てられている。多くはただのテキストであるが、画像と一体化したテキストや、データ、実行可能なコードもますます増えている。大部分のオープンアクセス活動家の焦点とはなってはいないが、音楽や小説のような、学術的ではない コンテンツにも、オープンアクセスは適用できる。
  • オープンアクセスはさまざまなグループに利益をもたらす
  • 著者: オープンアクセスは著者に、購読モデル型雑誌、その雑誌がどんなに一流あるいは評判が良いものであろうとも、購読モデル型雑誌の読者よりもずっと多くの世界規模の読者を与える。そして、確実に彼らの研究の可視性とインパクトを上げる
  • 読者: オープンアクセスは読者に、彼らが研究に必要とする文献への、アクセス権のための図書館予算に制約されない、障壁なきアクセスを与える。オープンアクセスは、読者に、文献を検索し文献に到達する力を増す。また、彼らが研究で使うソフトウェアへの障壁なきアクセスも与える。無料オンライン文献は、ソフトウェアのための無料オンラインデータであり、全文検索、インデクシング、マイニング、要約、翻訳、クエリ、リンキング、おすすめ、アラート、「マッシュアップ」その他の処理・分析を促進する。
  • 教員および学生: オープンアクセスは、お金持ちも貧乏な人も大切なリソースにおいて同等の立場に置き、コンテンツを複製し流通するための支払いや許可の必要を取り除く。
  • 図書館: オープンアクセスは、学術雑誌の価格危機を解決する。また、私が許諾の危機と呼んできたものも解決する。オープンアクセスは、図書館に別の、間接的な利益ももたらす。図書館員は、自機関の蔵書を購入する予算の強制的な制限にかかわらず、利用者が必要な情報を探す支援をしたい。学術機関の図書館員は、機関の教員に対し、教員が書いた文献の読者とインパクトを増やす手助けをしたいし、大学に対しその研究面の業績が上がる助力をしたいのである。
  • 大学: オープンアクセスは、大学の教員と研究の可視性を増し、雑誌にかかる経費を縮小し、知の共有という使命を前進させる。
  • 雑誌と出版社: オープンアクセスは、雑誌論文をより、見えやすく、発見されやすく、検索されやすく、使われやすくする。もし、ある雑誌がオープンアクセスなら、この優れた可視性を、投稿と広告を呼びこむために使うことができる。読者と引用を呼びこめるのは言うまでもない。もし、ある購読ベースの雑誌がいくつかのコンテンツをオープンアクセスとして提供するなら(例えば、各号のうちセレクトされた論文、決まった期間以降のバックナンバー等)、(このハイブリッドOA誌は)この向上した可視性を、上記(オープンアクセス誌)と同じ利益に加えて購読を引き寄せるために使うことができる。 もし、ある雑誌が査読済み原稿の自主公開を通してオープンアクセスを許しているなら、これを認めない雑誌よりも著者を惹きつける力を持つ。もちろん、購読ベースの雑誌とその出版社は、(オープンアクセスと)対立するような利権もまた持っており、しばしばオープンアクセスに抵抗したり反対したりする。しかし、彼らの利権がオープンアクセスを逆の方向に振り向けると考えることは、あまりにも状況を単純化し過ぎているだろう。
  • 資金提供機関: オープンアクセスは、資金提供した研究の結果をより広く利用可能にし、より発見されやすく、より検索されやすく、より使われるようになるという点で、研究における彼らの投資に対する利益を増す。資金提供団体が公的資金を分配する際、オープンアクセスは、納税者への基本的な公正性や、公的資金による研究成果のパブリック アクセスの提供といった、別の方法でも同じように役立つ。
  • 政府: 研究資金提供者として、政府は、資金提供機関が得るすべての面で(前項参照)オープンアクセスから利益を得る。オープンアクセスはまた、機密とされない政府の情報を可能な限り広く共有することで、民主主義の実現を支える。
  • 市民: オープンアクセスは、査読付き研究論文を市民に利用可能とする。そのほとんどが、公共図書館では利用できないし、そして、税金を通して既に支払っているものである。自分では論文を読もうと思わない市民であっても、研究者が直接恩恵を受けることを通じ、間接的に恩恵を受けることができる。オープンアクセスは、研究だけでなく、新しい医薬品や、有益な技術、解決済みの問題、情報に基づいた決断等、あらゆる人に利益をもたらす研究の転換も加速するからだ。
  • 歴史的観点からのオープンアクセス
    • 学術雑誌は著者に[投稿]論文の原稿料を支払わない。それは1665年にロンドンとパリで最初の[学術]雑誌が開始されて以来行われていなかった(Jean-Claude Guedon「オルデンバーグの長い影」を参照)。
    • 雑誌は書籍に比べてタイムリーなため広まった。読者にとって、雑誌は書籍に比べて、他人の最近の著作を速やかに学べるという利点があった。著者にとって、雑誌は書籍に比べてより広い視界で速やかに著作を共有し、同じ問題を追及している他の科学者に対して優先順位を確立できるという利点があった。雑誌は著者にその著作に速くかつ公的なタイムスタンプを与える便宜をもたらした。著者はこれらのしっかりとした、形のない方法で見返りを受けていたので、彼らは雑誌が支払う余裕がないという事実を認めていた。時間とともに、雑誌の収入は増加したが、著者は論文の執筆を金銭目的ではなく、インパクトのために行うという伝統を続けた。
    • オープンアクセスは、たとえ著作権の所有者がそれを望んだとしても、印刷体の時代には物理的にも経済的にも不可能であった。価格は印刷体雑誌にとって不可避であったばかりではなく、それが物価上昇を顕著に上回り始めた、1970年代までには手頃なものであった。雑誌購読価格は1986年以来、物価上昇をほぼ4倍以上上回っていた。幸運なことに、雑誌価格がまさに耐え難くなってきたときに、インターネットが代替手段を提供するために出現した
    • 私たちが手に届かない雑誌を法外な出版者の価格や雑誌や不十分な予算のせいにすることは問題ではない。仮に出版者に注目するなら、強欲なまた無知な市場の力(価格の上昇と新しいサービス)のせいにすることは問題ではない。非難は見当違いで心を惑わす。出版された知識の量は指数関数的に増加しつつあり、図書館予算よりも常に速く増加するだろう。その意味では、オープンアクセスは知識の増加に対応するが、有料アクセスはそうではない。私たちは既に(ずっと以前から)裕福な研究機関でさえもが、全ての研究文献へのアクセスを提供できない所まで来ていた。雑誌論文への有料アクセスは、たとえ現在低価格でそして永久に低価格に留まることが保証されたとしても、継続的かつ指数関数的な知識の増加に対応できないであろう。
    • オープンアクセスの興隆において、価格設定の危機それ自体は単に一要因に過ぎない。負担しきれないアクセス料金を迂回するために、たとえ学者が オープンアクセスに頼らなかったとしても、無制限の処理に従うデジタル形式で、世界中の聴衆とともに、限界費用がゼロで、知識を即座に共有する、強力で新しいテクノロジーとしてのインターネットを利用するため、彼らはオープンアクセスに頼るだろう。
    • OAの図式的な歴史については、オープンアクセス運動のOAD年表を参照。

  • Further reading

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西薗由依、高橋欣瑛、土出郁子、杉田茂樹、佐々木翼、柴田育子、城恭子、森石みどり、鈴木雅子、加藤信哉ほか訳、栗山正光、土屋俊監訳


Last-modified: 2013-02-05 (Tue) 13:16:05 (624d)